皎天舎

《2024年6月21日放送》

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。

SBCラジオ 丸山隆之の「あさまる」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。


赦しへの四つの道

著 者  アーシュラ・K・ル・グィン
発 行  2023年10月
出版社  早川書房

 

 アーシュラ・K・ル・グィンと聞くと皆さんは何を思い出しますか? 多くの方はアニメ映画にもなった「ゲド戦記」の作者としてご存知なのではないでしょうか。ル・グィンはこうしたファンタジー小説の旗手として知られていますが、実はもう一つの顔があります。それが今回ご紹介する小説シリーズ、ジャンルとしてはSF小説(サイエンスフィクション)になります。

 ル・グィンは「ハイニッシュ・ユニバース」と呼ばれる、惑星ハインに住むハイン人を起源とする、広大な宇宙空間を舞台にしたシリーズを残しています。人類の歴史や文化をそれぞれの惑星の物語として綴ったもので、今回の「赦しへの四つの道」は同じ太陽系に属するウェレルとイェイオーウェイの二つの惑星を舞台とした四篇の連作になりますが、代表作である「闇の左手」や「所有せざる人々」など多くの作品がこの「ハイニッシュ・ユニバース」シリーズに含まれます。

 物語の背景をご説明すると、惑星ウェレルとその植民地惑星イェイオーウェイ。ウェレルは奴隷をイェイオーウェイに送り込み、その奴隷たちから無慈悲なまでの搾取を行ってきたが、やがて解放運動が湧き起こります。イェイオーウェイは高度な文明を持つ宇宙連合エクーメンの助けを借りて新しい歴史を歩もうとしています。そんな中での4つの物語。

 まず、イェイオーウェイの沼地にやってきた、引退した元教師の”ヨス”とかつての革命の英雄で政治的に失墜した”アルバカム”の交流を描く「裏切り」。

 エクーメンの使者として、女性差別が蔓延るウェレルを訪れたソリーと彼女の護衛を任された元兵士レイガ・テーイェイオが性差や立場の違いから反目するも、ある事件をきっかけにお互いの人格や価値観を理解していく「赦しの日」

 エクーメンの使者ハヴジヴァが奴隷解放されたあとも、差別が根深く残るイェイオーウェイに赴く「ア・マン・オブ・ザ・ピープル」

そして、ウェレルの奴隷の子として生まれたラカムの人生を社会情勢の変化と合わせて辿る「ある女の解放」と続きます。

 奴隷解放や人種差別、ジェンダー意識にある課題。30年前に書かれていたという事実に驚くのですが、そうした現代の人類が向き合うさまざまな問題に、圧倒的な想像力で普遍的な問いを投げかけます。世界観があまりにも深く、そして広く構築されているので、SF小説としても難解な部類に入るのかもしれません。ただ、だからこそ人種や性、身分制度、そして宗教観と、人類が抱える、かつ、拠り所とする世界観を重厚に表しています。まさに人類の歴史を壮大な叙事詩として読むことができるのかもしれません。

 こちらの小説群は1995年に一度出版されていますが、昨年早川書房の新⭐︎ハヤカワ・SF・シリーズとして復刊されました。少し装幀が変わっていて特徴的なのですが、細長い判型で2段組、クリーム色の紙を使い小口を茶色に染めています。極め付けはビニールカバー。古き良き雰囲気も持ちつつ近未来のSFタッチも装幀に現れています。本としての見た目に反して、ちょっと頑張って読む必要があるかもしれません。それでも読み終えたあとに、ひょっとしたら、もう一度読むべきなんじゃないか。そんなふうに思える小説です。

かんばんのないコーヒーや

 作   かめおかあきこ
発 行  2024年5月
出版社  ほるぷ出版

 古本屋を営むオオカミくんはサービスでコーヒーを出していました。

 ある日、森の中で看板のないコーヒー屋を見つけました。職人肌のマスター、クマさんが淹れたコーヒーを一口飲んだオオカミくんは、あまりの美味しさに心を奪われてしまいます。おなじ味を出したいと、勉強し試行錯誤を繰り返しますがなかなか一筋縄にはいきません。

 ただ真似をするのではなく、理想の形を自分で探し追い求めていく。クマさんは言葉少なにそれを諭(さと)します。人生を賭けるほど好きなこと、大切なこと、その道は厳しいかもしれないけれど幸せを感じることができます。日本のどこかで実際にあるコーヒー屋さんをモデルにしたお話しです。

 僕も自分の店でコーヒーの焙煎をおこなっていますが、本当に奥が深くて、何回やっても毎回真剣勝負ですね。オオカミくんの気持ちに共感するところが多い、そんな絵本です。