《2023年12月15日放送》
◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。
SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。
オープン・ウォーター
著 者 ケイレブ・アズマー・ネルソン
発 行 2023年4月
出版社 左右社
ガーナ系イギリス人作家のケイレブ・アズマー・ネルソンの作品です。
受賞歴などをご紹介しますと、2021年英国コスタ賞新人賞、2022年ブリティッシュ・ブック・アワード新人賞受賞とイギリス文学界の新人賞をとっている、執筆時は20代という注目の若手作家のデビュー作です。写真家としても活躍していて各賞の受賞歴があるとのこと。
2017年のロンドンに暮らすアフリカ系イギリス人の写真家・「きみ」とダンサーの「彼女」。二人は出逢った瞬間からお互いの居心地の良さを認め、すぐに一番の親友になり、やがて恋人へと進展していきます。アフリカ系イギリス人のカルチャーやコミュニティーを背景に物語は大海原=オープン・ウォーターへと漕ぎ出します。
ロンドンにあるアフリカ系コミュニティの舞台はなかなかハードです。二人の若者のロマンチックな恋愛小説でありながら、普段の生活の端々に堂々と居座る人種差別、それ故のトラウマや悲しみ、新たに生み出される恐怖など、日々感じる小さな波紋が、不意に大きな荒波となって二人を飲み込みます。大海原で溺れる相手をなんとか助けようと手を差し伸べ、そこに傷を負ってもなお愛することを放棄しない。
実在のアフリカ系アーティストが数多く登場し、さまざまな作品が言葉に変換されて紙の上で踊ります。その範囲も文学から音楽、絵画と、こちも視界が開けたオープン・ウォーターのように広大な世界。理不尽に打ちのめされ、うんざりする日々でも波を超えて生きていく。しなやかで強靭で脆い肉体と精神を真実を追求し、自由を勝ち取ろうともがく若者の沸る熱い血の色を感じることのできる小説です。
この小説、ページ数は多くないのですが、実は読むのに時間がかかりました。主人公たちの名前は明かされず、「きみ」と「彼女」といった二人称の表現やラップのリズムを思わせる独特の文体が特徴的で、繊細に揺れ動く主人公の心情に、辛抱強く付き合っていくような感覚がありました。詩的に紡がれた言葉や感覚的なセンテンスは、新進気鋭の著者が、文学や小説に残された可能性を模索しているようで、芸術的とも言えるのではないかと思います。若い感性が文学の未来に果敢に挑戦した小説ではないでしょうか。海を渡り、日本でもこうして読めるのですが、日本語への翻訳も大変な作業だったのではないかと想像します。
ラップを歌い上げるかのように詩を語り、溢れ出る相手への想いが、言葉をもこえた喜びと溺れるほどの苦しみに翻弄されながらも、航海の羅針盤は一点を指しています。
自分や他人を愛そうとする若者たちの物語、ヒリヒリする恋愛小説としてもおすすめです。
あかり
著 者 小日向まるこ
発 行 2022年6月
出版社 小学館
クリスマスを目前に控え、温もりを感じる本を持ってきました。
いつもは絵本ですが今日は漫画をご紹介します。
寒い日に家族で食べるホワイトシチューのような、心に染み入るストーリーです。
妻を亡くし生きる意味を失った一人暮らしのステンドグラス職人。すれ違う想いの果てに息子とも疎遠となっていました。職人を引退しようかと悩んでいたある日、生き別れた孫を名乗る若い女性、「あかり」が訪ねてきます。
二人はステンドグラスの製作を通じて心を通わせていき、生活に仄かなあかりが灯ります。しかし、そんな中で発覚するある真実。
辛い思いや、苦しい時間、寂しさ、ささやかな幸せ、誰かの喜び。そうした人生の中にある悲喜交々(ひきこもごも)を受け止め、過ちにも向き合い、人生を歩んでいく。そうした人生は儚くも美しいのではいか。
表紙には、白く降り積もった雪の中に佇む少女・あかりの姿、その視線の先にはティファニーランプが仄かにあかりを灯しています。年老いたステンドグラス作家との出会いの場面が描かれています。
誰かが誰かの灯火になり得るという暖かくて優しい物語です。