皎天舎

《2023年11月17日放送》

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。


白鶴亮翅

著 者  多和田葉子
発 行  2023年5月
出版社  朝日新聞出版

 

 いつかは紹介したいと思っていた多和田葉子さんです。1993年「犬婿入り」で芥川賞を、そのほかにも多くの文学賞を受賞されていますが、近年では、2018年の全米図書賞の受賞が記憶に新しいのではないでしょうか。ドイツに暮らし、ドイツ語でも出版を続けていて国際的に評価の高い作家です。

 この小説の主人公は、ベルリンで一人暮らしの日本人女性、美砂。引っ越してきた新居の隣には、東プロイセンに生まれ、終戦間際にドイツに引き揚げてきたMさんが住んでいました。Mさんとの関わりを軸に、第二次世界大戦を挟んだドイツと日本の歴史に引き込まれていきます。現在の線引きされた国境にとどまらず、過去の境界線、民族の移動や土地からの追放、宗教の広がりなど歴史の地図を歩いているかのように話題が広がっていきます。

 本作には、ハムレットやグリム童話などの世界の名作から楢山節考まで、多くの文学作品が登場しますが、美砂が手がけているクライストの短篇「ロカルノの女乞食」の翻訳作業と相まって、こうした文学作品を民族的な比較や女性の視点で考察するなど思考をめぐらせます。

 そんななか、Mさんに誘われて太極拳の教室に参加する美砂。教室では、ロシア人富豪のアリョーナ、お菓子職人のベッカー、フィリピン出身の英語教師のロザリンデと共に太極拳の型である「白鶴亮翅」を習います。本書のタイトルにもなっている「白鶴亮翅」は、24式太極拳の3番目の型で、鶴が羽を広げるように右腕を力強くあげる動きと形をしています。太極拳を教えるチェン師範は長春出身でした。そのことから日本と満州における歴史上の関係性にも言及しています。

 こうして、さまざまな民族と国家が登場し、それぞれの歴史の経緯に興味を持ち、自らの考えをまとめる作業はとても大切なことなのではないかと改めて思います。今まさにヨーロッパや中東で民族や宗教を根源とした争いが続いている中で、憎しみの変化を冷静に受け止めることも、私たちにできる「知ること」の一つなのではないでしょうか。

 「白鶴亮翅」、優雅に舞い上がる鶴のように空から見下ろしてみると、人間同士の争いがいかに愚かな行いなのか、感じることができるのかもしれません。

 こうやってお話しすると、この小説、堅苦しくて難しいように感じるかもしれませんが、言葉の選び方や繋がり方が軽快で、美味しい水を飲んでいるかのようにするすると入ってくるんです。文体の相性はあるかもしれませんが、気を抜くとただ通り過ぎてしまうかのように気持ちよく読み進んでいく小説です。でも注意深く読むと大切な思考の移ろいを随所に感じることができます。主人公が家電と会話していたりコミカルな要素もふんだんにあったり、翻訳作業での言葉を探す様子なども描かれていて軽快なタッチはこうしたところから生まれているのかなと思えてきます。

 今の時代にふさわしい一冊。ぜひお読みいただきたいと思います。


おふろさん

著 者  せきぐちひろみ
発 行  2023年10月
出版社  講談社

 長かった夏が過ぎ去り、今年もやっと、温もりが恋しくなる季節到来です。
今日は、冷えた身体と心を温める、ほっこりとした絵本を持ってきました。

「おふろさん」が主役です。

 いつも気持ちよさそうにお風呂に入っているケンちゃんを見ているうちに、おふろさん自身もお風呂に入ってみたくなり、おうちを抜け出して坂の上にある大きな銭湯を目指します。

 やさしい銭湯のおじさんに案内され、背中を流してもらい、はじめてお風呂に浸かった、おふろさん。あまりの気持ちよさに大喜びです。
 おふろさんも家族のみんなを気持ちよくしているんだよ、と教えられたおふろさん。少し照れてしまいます。

 長野の冬は寒さがこたえますが、その甲斐あってお風呂の気持ちよさは格別です。温泉が多いところもいいですよね。ご家族であったかくしてリフレッシュしてください。