皎天舎

《2021年3月16日放送》

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3火曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。


ヘーゼルの密書

著 者  上田早夕里
発 行  2021年1月
出版社  光文社

1930年代の中国を舞台に、戦争へと突き進む日中の関係悪化をなんとか食い止めためにと命がけで取り組んだ人々の物語。

1931年の満州事変直後から、大陸各地で中国人による排日・抗日運動が激化し、中国と日本の関係は悪化し続けていた。街には抗日精神を煽るポスターやビラが撒かれ、その犯人を探し出す日本人自警団との争いが日常となっていた。それは、女子供関係なく日本人だから、中国人だからという理由だけで民間人にも多くの被害者を出し、たくさんの人が傷つき、居場所を失っていった。
それでも日中間の和平を望み、なんとか戦争へと続く道を変えさせようと画策する人々がいたのだ。多い時で十以上の和平工作が水面下で動きながらも、様々な理由で頓挫していったという。そんな中1939年、今井武夫陸軍大佐が指揮をとった新たな作戦が開始された。のちに「桐工作」と呼ばれ、和平を強く望んだ昭和天皇も大きく期待を寄せたその計画に焦点を当てた今作は、フィクションとはしながらも、史実に則った時代背景を元とし、架空の人物と実在した人物が混在する事で、まるで歴史小説を読んでいるかのような錯覚に陥る1冊です。

当時の中華民国軍事委員会委員長である蒋介石に近い者と極秘裏に接触し協力しあい、蒋介石と直接話し合う場を作る計画であった「桐工作」。実はその協力者を作るまでの人脈作りのために集められた人々がいた、というのがこの物語の中心となっている。

主人公である倉地スミは、父親が商社勤務という事もあり、幼い頃より日中両国で暮らしていた経験から、両方の言葉を身につけ中国で語学教師をしていた。そんな経歴もあって日本人と中国人の架け橋となる通訳者として今井陸軍大佐からスカウトされこの計画の一員として携わることとなったのだった。
当時の中国には和平を望む声よりも、日本に敵対心を抱く抗日派の中国人や、それに対し日本の強さを知らしめようと開戦を望む拡大派と呼ばれる日本人の声の方が大きく、スミのように和平を望む動きをする事自体が危険でしかなかった。しかし戦争という暴力を憎み平和を望み、何とか和平工作を成功させたいと強く願う人々が集まり、まさに命がけの作戦が動き出す。戦争回避を目指す人々、それを阻止する人々、そして中国と日本の利権や思惑が絡まり合い、誰が味方で敵なのか。この和平工作の行き着く先は……。

想定外の事実や裏切りに驚かされ、実際にあったと言われる残虐な場面に目を背けたくなりながらも、それでも国籍関係なく協力し励ましあいながら目的に向かって突き進むスミたちの強い想いに惹きつけられ目が離せません。
タイトルであるヘーゼルとは榛(はしばみ)の事。榛の花言葉は「和解」と「平和」なんだそうです。その想いが身を結ぶ事はなかった事は歴史に疎い私でも何となく分かりながらも、それでも戦争を望まず必死に動き続けていた人々が実際にいた事は、読んだ後も心に強く残りました。それはきっと、これが昔に限った話しではなく、私たちが生きる今も変わらずある問題だからなのかもしれません。内戦や紛争、人種差別、ヘイトクライムなど日々のニュースで耳にしない日はないといっても過言ではない今の日常。その中で争い事のない日々を求め叫んでいる人はどれだけいるのでしょうか。その声に本心から耳を傾ける事が出来たら、今の世の中で辛く苦しい思いをしている人たちの多くを救えるのかもしれません。その声に気付ける自分でありたいと改めて感じた一冊です。


はるのワンピースをつくりに

 作   石井睦美
 絵   布川愛子
発 行  2018年2月
出版社  ブロンズ新社

春の香りがすぐそこまで迫ってきたこの季節にオススメの絵本

春になって新しいワンピースが欲しくなったうさぎのさきちゃんは、仕立屋さんを訪ねます。誰にでもぴったりで雲にそっと包まれているような服を作ってくれると評判の仕立屋さんのきつねのミコさんは、さきちゃんにぴったりの服を作るため、色んな質問をします。春をイメージする花はどんな花?春の音ってどんな音?春になったら何がしたい?ポケットに入れたいものは?さきちゃんは春を頭に思い浮かべながら次々と質問に答えていきます。
そのイメージを元に出来上がったのは、さきちゃんの感じた春をたくさん詰め込んだ、とっておきの1着です。
それを着て嬉しそうにお出かけする、さきちゃんの幸せいっぱいな表情に、大人でも乙女心がくすぐられます。

さきちゃんと一緒に春を思い浮かべながら親子で読んでもらいた一冊。