《2021年7月20日放送》
SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3火曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。
◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。
神の悪手
著 者 芦沢央
発 行 2021年5月
出版社 新潮社
将棋を題材に繰り広げられる5篇の物語。
「ミイラ」
将棋専門誌の編集部に送られてくる詰将棋の検討をしている主人公、常坂。彼の元に「園田光晴14歳」の作品が届く。どうみても不完全な作品でお粗末なものだったが、なぜか詰め筋に信念を感じ、投稿した少年のことを調べ始める。すると少年が過去にある事件に関わっていた事が判明する。4年前、ある孤島で外部との連絡を一切断ち、牧歌的な生活をしていた宗教団体で起きた、殺人及び死体遺棄事件。その宗教団体での唯一の生き残りがその少年だった。両親の入信により生まれた時からその宗教団体の中で育ってきた少年にとって、そこでの教えやルール、出来事が世の中の全てで、それは父親から教えられたという将棋においても同じだった。常坂の元に届いた詰将棋は、9歳で一人世の中に放り出され、信じていたもの全てが覆されてしまった少年から届いた作品だった事が分かる。その少年に対して常坂がとった行動とは……。
表題作である「神の悪手」で描かれるのは奨励会リーグ戦最終日の試合。啓一が戦うのは実力では到底敵う相手ではないリーグトップの宮内冬馬。しかしそのリーグ戦の前夜、同じリーグで戦っている宮尾に呼び出され見せられたのは、対宮内戦に考えられた棋譜だった。一度目を通してしまったものの、断って帰ろうとする啓一を引き止めた村尾を突き放したその時、事件が起こってしまう。そして逃げるようにそこを後にした啓一。
揺れる精神状態の中で迎えたリーグ戦当日。対宮内戦で打った手とは……。
その他、被災地の復興支援で訪れた棋士が出会った子供と、その子供が抱えていた社会問題に焦点を当てた「弱い者」。障害をおってしまった棋士が始めてタイトル戦の挑戦者となった試合を描いた「盤上の糸」。ある事がきっかけで手が震え駒を掘ることができなくなってしまった駒師の心の葛藤や苦悩を描いた「恩返し」。
将棋という同じテーマ元にミステリーやサスペンス、人間ドラマが次々と描かれます。特殊な精神状態に追い込まれた時の人間の行動心理の描写や、ラストで迎える予想外の展開が、将棋に馴染みのない私にも伝わってきて読み終えるのがあっという間でした。将棋を知っている人もそうでない人にもおすすめ。将棋の世界やそこで生きる棋士の葛藤が心を打つ作品です。
うろおぼえ一家のおかいもの
作 出口かずみ
発 行 2021年2月
出版社 理論社
何でもかんでも“うろおぼえ”のあひる一家の一日の出来事。
ある朝、お母さんあひるに頼まれて買い物に出かけた、お父さんあひると子供たち。
家を出たはいいものの。あれれ?何しに行くんだっけ?うろおぼえ!
お母さんに何か頼まれていた気がするけど、あれれ?何頼まれたんだっけ?うろおぼえ!
白いもの?
重いもの?
蓋が閉まるもの?
冷たいもの?
思い出すもの全部うろおぼえ!
道ゆく動物に言われるがままに買い物をして、でっかくなった荷物を抱えて家に帰る、お父さんと子供たち。
いっぱいの荷物に驚いたお母さん、当然怒ると思いきや……!?
あまりのうろおぼえさと、適当で穏やかなあひる一家に、大人の私も癒されまくり。ジメジメした悩みも、悶々とした怒りも、まいっか!って空を見上げてお昼寝したくなっちゃいます。
最後に分かるお母さんが頼んだ物に、クスリと笑って、なるほど納得ですが、きっと一生この物を買える時はこないんだろうな〜と想像して、さらにおかしくなってしまう、そんな絵本。