皎天舎

《2022年8月19日放送》

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。


彼女の思い出/逆さまの森

著 者  J.D.サリンジャー
発 行  2022年7月
出版社  新潮社

サリンジャーといえば、これまでに6500万部も売り上げ、いまも世界中で読まれている、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(ライ麦畑でつかまえて)があまりにも有名な作家ですが、サリンジャーが残した長編小説はこの一作品だけで、それ以外の発表作は短編か、中編となっています。短編集としては、”ライ麦”以降に書かれ、自身が厳選した9篇をまとめた「ナインストーリーズ」がありますが、今回刊行された本書は、”ライ麦”以前に書かれた9つの物語で構成されています。

戦前に出会った少女の記憶、尊敬する軍曹の思い出、悲劇の黒人ジャズシンガー、謎の女と行方をくらました天才詩人などの物語。

”ライ麦”に登場する、コールフィールド家にまつわる小説群と、その後に書かれたグラース家を舞台にした短編小説群などで、子供の視点を通し、世の中の欺瞞を痛烈に皮肉る若者の瑞々しい語り口調で知られるサリンジャー。イノセント(無垢)をテーマにした作家として知られていますが、二十代の頃に書かれた初期の作品群の本書にも、繊細なこころの動き、センスのいい語り、そして読後に染みるように訪れる哀感が漂います。

サリンジャーは、最後の作品を発表したあと、社会を遠ざけるように長い隠遁生活に入り、沈黙を守ったまま2010年に静かに世を去ります。私生活はもちろん、彼の作品の解釈にも謎が多く、世界中のファンや研究者たちによる議論が続いています。出版物に関しては制約が厳しく、映画化はもちろん、後書きや解説を書くことも許しませんでした。本書に掲載された短編も雑誌で発表されたのみで本国では出版されていません。まさに幻の小説集となっています。2018年に刊行された「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16 1924年」と「ナインストーリーズ」、そして本書と、作品集が出揃った感がありますが、過去に日本で紹介された短編は他にもありますし、長い隠遁生活の間に書き連ねた小説が眠っているなど、新しい本が出るといった噂ば枚挙にいとまがありません。

現時点では、彼の作品に触れる最後のチャンスになるかもしれない一冊。
サリンジャーファンでなくとも、読んでおきたい小説です。


 さかなくん

著 者  しおたにまみこ
発 行  2022年5月
出版社  偕成社

ギョギョギョッ!

今回紹介する絵本は「さかなくん」ですが、お魚博士のさかなクンではありません。

主人公のさかなくんは、みんなと同じように学校に通います。ゴムのズボンを履き、カプセルのようなヘルメットを被り、その中を水で満たして、陸上でも生活できるようになっています。それでも、他のおともだちとに比べたら動きづらく自由に動くことができません。ある日無理をして怪我をしてしまったさかなくんは、学校に行くのが億劫になってしまいます。そこへお友達が訪ねてきてくれて……。

キャラクターとしてそのまま飛び出してきそうな絵が可愛らしい絵本。ひととの違いを認め、相手を思いやる心を育むことのできる物語です。