皎天舎

《2024年8月16日放送》

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。

SBCラジオ 丸山隆之の「あさまる」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。


スイマーズ

 

著 者  ジュリー・オオツカ
発 行  2024年6月
出版社  新潮社

 少し涼しげな表紙の本をお持ちしました。タイトルは「スイマーズ」です。
地下深くにある公営プールに集う「わたしたち」。地上での暮らしにさまざまな苦悩を抱えた、年齢も職業も社会的立場も異なる彼らにとって、プールは一時的に嫌なことを忘れ、自由になれる、自分自身に戻ることのできる場所なんです。地上では何の接点もない彼らですが、解放感を共有できる仲間たちが「スイマーズ」なのです。そうした彼らにとっての「楽園」であるプールの日常を守るために、たくさんのルールがあり、お互いの相互理解がありますが、これらの声が独特の文体で重なり合い、リズミカルに綴られていきます。

 ある日、そのプールの底にヒビが発見されます。ヒビは消えることもありますが、次第に数をふやし、スイマーたちを不安にさせます。亀裂について様々な見解が飛び交い疑心暗鬼になることで、それぞれの人間性がユーモラスに語られます。やがてプールは閉鎖の時を迎えますが、その過程で一人の女性がクローズアップされていくのを読者の皆さんは感じるはずです。

 後半は、スイマーズの一人、認知症を抱えたアリスと娘である「あなた」の物語と変化していきます。認知症が進行するアリスの記憶から消えてしまったこと、残っていることが淡々と羅列されていき、そうした記憶が彼女の半生をあらわにしていきます。大戦中の日系人に対して行われた行為や彼女の家族関係が読者の中に形づくられていき、わたしたち読者もアリスの記憶の中へと潜水するように滑り込んでいきます。

そのうちに舞台は介護施設「ベラヴィスタ」へと移っていきます。皮肉めいたセールスマンのような施設職員による案内を聞いていくうちに、認知症という病の苦しみや切なさを否応なく理解させられていきます。疎遠になっていた娘の後悔や、もがきながらも支えようとする夫の悲しみが、プールでヒビの出現に戸惑いうろたえるスイマーたちの姿に重なります。あの頃の、自分自身に戻ることのできる楽園、地下深くにあったプールに戻ることはもうできません。

ときどき、今の自分をかたちづけて、存在を認めさせてくれるものは「記憶」なのだと思うことがあります。そうした記憶が少しづつ失われていく病を抱えて生き続ける人と、その人の記憶に縋り付くように形を残そうともがく周囲の人々。その中で思い出される数々の些細な瞬間は、暖かく、優しく、愛おしいものであるに違いありません。その大切な記憶が失われていくこの物語はとても繊細で美しく、しかしながら残酷でもあります。当たり前に過ぎゆく人生の瞬間瞬間が、かけがえのない煌めきであることを教えてくれる物語です。

著者のジュリー・オオツカは、戦後にアメリカに移住した父と日系二世の母とのあいだに生まれています。これまでにPEN /フォークナー賞、フランスのフェミナ賞外国小説賞などを受賞、本作で米カーネギー文学賞を受賞しています。

うつくしいってなに?

 作   最果タヒ
 絵   荒井良二
発 行  2024年7月
出版社  小学館

 部屋から外を眺めている女の子。窓の外では夕暮れや海が刻々と色を変えていき、船が過ぎ去っていきます。温もりのある光に包まれた部屋の中で、女の子はキラキラと輝く街の夜景にときめきます。やがて訪れる夜空には星々が煌めき、星を数えながら女の子は眠りにつきます。だいじなものってなに?うつくしいってなに?そうしたことに想いを寄せながら。

今や日本を代表する現代詩人となった、そういっても過言ではないでしょう。最果タヒ。内から溢れ出る言葉を駆使して、文筆に限らず、さまざまなシーンで活躍しています。そして、あたたかく鮮やかな色彩と躍動感のある独特のタッチで世界的に高い評価を受けているアーティストの荒井良二。
元々お互いにファンだったとリスペクトするこの二人が一緒に作った、夢のような絵本です

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