皎天舎

《2024年5月17日放送》

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。

SBCラジオ 丸山隆之の「あさまる」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。


ともぐい

著 者  河﨑秋子
発 行  2023年11月
出版社  新潮社

 

 日露戦争前夜の明治時代。北海道の人里離れた山中で育った猟師・熊爪は簡素な小屋で生活し、熊や鹿を獲って原始的な暮らしをしています。獲物を狩ってその肉を喰らう、そうした変わらない日々の繰り返しを、自分の生き様として捉えています。自然の変遷と共に生きるような野生味のある暮らしには、静けさと荒々しさが同居していて、鋭く研ぎ澄まされた感覚がその生を支えています。その一方で人間性といった部分は翳りを見せています。

 肉や革を売りにいく白糠(しらぬか)の町にある大店「門矢商店」の主人・良輔は、そんな熊爪を気に入り店を訪れるたびに歓待しますが、そんな町での暮らしや人付き合いに熊爪は煩わしさを感じてしまうのです。

 ある日、熊爪は山中で熊に襲われた瀕死の男を救います。彼もまた猟師で、冬眠を逃して「穴持たず」呼ばれ、集落を襲った凶暴な熊をはるばる山を越えて追ってきたところ、その熊に返り討ちにあったといいます。この「穴持たず」や若い「赤毛」といった熊との死闘を経て、深い傷を負い、猟師として生きる道をも失なっていく熊爪。

 そんな折、良輔のもとにいた盲目の少女・陽子(はるこ)の存在が熊爪の人間性を刺激します。家族を夢見たり、人を大切に思ったりといった、温もりのある優しさに惹かれる一方で、欲望に対してもまっすぐに行動してしまいます。人間にも熊にも同化しきれぬ思いを抱え「はんぱもん」となった熊爪は人間と獣の間で苦悩します。

 国家が戦争へと突き進み、不穏な空気がもたらす混乱と暗い影が、否応なく変化を強いている状況にあって、大自然の美しさや懐の深さ、そして同時にその残酷さ、命をかけた現場の臨場感を詳細な描写で浮き立たせています。まるで匂いや重さが伝わってくるかのようです。

そして、山に入ることで、野生の凄みを増していく陽子(はるこ)。熊爪との暮らしの中で放つ二人の野生はけだものじみています。生々しく、激しい。そして、守るべきものを守るべく本能がむき出しとなって相手にぶつけられます。人間性と野生性のあいだで揺れ動く葛藤を経て、辿りついた先にある、衝撃的な結末。

最後まで人と獣のあいだで揺らぐ二人が、ともぐいの果てに見た光を見届けてください。

近年、熊との遭遇による死傷事故が増えています。自然の尊さや動物への優しさ、それももちろん大事ですが、それで終わらない、人と熊との関係を見直す機会にもなったら良いかと思います。

第170回直木賞受賞作です。

ねずくんとパパのおるすばん

作・絵  とね さとえ
発 行  2024年4月
出版社  Gakken

 ねずくんとパパは、ふたりっきりで初めてのお留守番です。張り切るパパですが、ママと同じようにはいきません。ねずくんの好きな服や嫌いな遊びを知らなくて、最初は失敗ばかりです。しょんぼりするパパは、いつもと同じことではなく、ねずくんが楽しいと思えることを考えてみます。

そうして、ねずくんとパパ二人だけの大冒険が始まります。

育児に参加すことが増えた最近のパパ達。同じような失敗をした記憶がある方も多いのではないでしょうか。パパ達を応援したくなるような絵本、パパと一緒は楽しいんだよって教えてあげたくなる絵本です。

「ママがいい!」という、子どもだちの言葉にささやかな傷を負いつつも奮闘するパパ達に送るエールです。

ボローニャ国際イラストレーション賞 受賞作家・刀根里衣(とねさとえ)が細部まで緻密に描き込んだ美しい絵も見どころです。