皎天舎

《2024年4月19日放送》

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。

SBCラジオ 丸山隆之の「あさまる」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。


潜水鐘に乗って

著 者  ルーシー・ウッド
発 行  2023年12月
出版社  東京創元社

 

イギリス、コーンウォール地方に伝わる伝説や伝承をベースにして、まったく新しい物語へと昇華させた、12編の物語を収録した短編集「潜水鐘に乗って」をご紹介します。現実と幻が交差する日々を慎ましく生きる、そうした人々の姿を繊細かつ瑞々しい筆致で描ます。

 著者のルーシー・ウッドは、イギリス南西部に突き出した半島、コーンウォール出身です。本書はデビュー作で2012年に刊行されました。若手作家に贈られるサマセット・モーム賞やホリヤー・アン・ゴフ賞を受賞しています。

 著者の郷里である、コーンウォール地方に伝わる伝承をモチーフにしているので、不可思議な存在や現象が多く登場します。例えば、自身の体が石になっていく最後の1日を書いた「石の乙女たち」は、草原にあるストーンサークルが連想されるエピソードですが、この地方には、うら若き乙女たちが月夜に踊るうち石に変じたものだという伝説があり、それを下敷きにしているようです。
 表題作の「潜水鐘に乗って」は、海で亡くなった夫と48年ぶりに再会するため、旧式の潜水鐘で海の底へと向かう老婦人の物語です。釣り鐘の中に溜まった空気を頼りに小さな窓から海の底を覗き込むと、幻想的でかつ衝撃的な光景が広がっています。

 筆使いは静かで幻想的、曇りがちで暗く、湿った空気と泥炭の荒れた野原、そうした厳しい環境といった、イギリスの気候を思わせる風景描写と相まって、幻想と現実が溶け合う不思議な感覚の中で読み進めていきます。どこか懐かしさを感じながら、何か大切なものを失った寂しさ、喪失感が滲みます。冷えびえとした物語のように思えるかもしれませんが、何故か仄かな温もりを感じるのも不思議なところです。幻の世界がありのままに、ささやかに日常の現実に入り込んでいるためか、読み手としてもそのまま受け入れてしまう。そんな物語です。

妖精や精霊、巨人、魔犬、そしてまぶたに塗ると妖精が見えるようになる薬、願い事を叶える木などが登場します。不思議な感覚の中で、読み終えた後もさまざまな景色や会話が幻のように記憶の中に蘇ってくる小説です。

そして、装丁の美しさも見逃せません。本棚の中にそっと忍ばせるように収めてほしい。そんな一冊です。


Little tree

 作   駒形克己
発 行  2008年4月
出版社  ONE STROKE

 いつも在ると思っていた存在が失われ、あらためて気付く存在の大きさ。だれにも気づかれない小さな存在だった木が、ページをめくるごとにポップアップとなって現れ、季節とともに、その姿を変え、周囲の様子もまた変化していく。

そう出版社の案内にはあります。

 デザインだけでなく、ページごとに異なる紙質にもこだわり、手作業でつけられた木。ページを捲るごとに見開きに一本の木が影を作り、フランス語と英語と日本語の美しい言葉が並びます。詩的で優美、まさにアート作品と呼べる本ですが、作者である駒形克己さんは、これまで精力的に活動されてきましたが長い闘病の末、3月29日に亡くなりました。70歳でした。

 いつも在ると思っていた存在が失われ、あらためて気付く存在の大きさ。

 もともと妻が大好きで、これまでにも駒形さんの作品を集めたフェアを行ったり、絵本展で紹介したり、美術館に足を運んだりしてきましたが、あらためて存在の大きさ、唯一無二の存在であることを感じながら寂しいときを過ごしています。そんな中でも、やはり駒形さんの作品を紹介し続けることが、私たちに本屋にとって唯一できることなのかなと思いつつ、これらの作品を私たち自身も大切にしていきたいなと思っています。