皎天舎

《2023年7月21日放送》

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。


鯨オーケストラ

著 者  吉田篤弘
発 行  2023年3月
出版社  角川春樹事務所

 

吉田篤弘の最新作、「鯨オーケストラ」です。吉田篤弘の小説は、とても読み心地が良く、どの作品も穏やかな時間の流れを感じます。普段の生活に親和性を保ちながら、小さな奇跡を生み、さざなみのような感動を与えてくれる作家です。

本作は、「流星シネマ」「屋根裏のチェリー」に続く三作目になりますが、このシリーズはどこから読んでも楽しめます。登場人物や街並みや景色が少しづつリンクして登場し、他の作品を読んでいる人には懐かしさを嬉しく思え、読んでいない人には他の本も読んでみたくさせる、そんな連作になっています。

主人公の「僕」は、地元のラジオ局で深夜番組を担当していて、ある日、17歳の頃に絵のモデルをしたことを話します。するとリスナーから、「僕」によく似た肖像画を見たとハガキが届きます。早速、ハガキに記された美術館を訪れその絵に対峙したところ、堰を切ったように言葉と人が響き合い、新しい展開が次々と生まれていきます。過去からつながる時間の流れがほどけ、街に横たわる川の流れのように悠々と人々を動かしていきます。他の二作に登場する人々や街の様子も現れ、パズルのピースが埋まっていくように景色が広がり、やがてタイトルにある「鯨オーケストラ」が浮かび上がります。

どこから始まってどこで終わるのか、川の水は海へと流れているのか、それとも上流に遡るのか、曖昧にぼやけた時間と記憶が交差し、曖昧さの中にも積み重ねられた時間と思い出、確かな経験が未来への道筋に優しく淡い光を当てています。

この小説、”人は皆、未来に旅をする。” の一行から始まりますが、実はその旅は既に始まっていて、過去から脈々と続く螺旋階段を昇り降りするかのように、時間を行き来しているのではないかと感じます。完結編とは聞いていても、ここから新たなストーリーが発生し続編ができるのではないかとも思ってしまいます。

本文中で著者はこう書いています。

 「なんであれ、心が躍るときは、そこに自分の知らない世界が広がっている。
  自らの無知や経験不足を恥じ、わずかながらでも謙虚な気持ちになることで、
  未知の世界は、はかり知れない奥行きを備えるように思う」

とても穏やかな気持ちで心地よく読み進められるのは、著者の小説が、懐かしい思い出や、失われた風景など、そうした記憶を呼び覚ましてくれるからではないでしょうか。私にとっても、育った街の古びた映画館や川の流れ、通った美術館が懐かしく思い起こされ、すぐにでも映画館に行きたくなりました。長野市にはそんな記憶とマッチする映画館·相生座があって良い街だなと思います。この小説を読んで、週末はハンバーガー食べて映画館に行きましょう。

あなたの記憶の中にも、小さな奇跡が生きていることを思い起こすのではないでしょうか。


デジタルおしゃぶりを外せない子どもたち

著 者  ウッラ·デュアルーヴ
発 行  2022年6月
出版社  子ども時代

そろそろ夏休みを迎えますが、子どもたちはどう過ごすのでしょうか。ゲーム機に限らず、スマホやタブレットで調べたり遊べる時代になって、私たち大人の思う夏休みとは違う形になってきているのではないでしょうか。SNSやゲームに依存することが問題になっていますが、そうしたデジタルデバイス、コンテンツとの付き合い方を考えてみたいと思うのです。

デジタルデバイスに夢中になる子どもたちをみて、大人は規制を設けがちです。電源を切る、触れる時間を決める。果たして、学校やさまざまな現場でデジタル機器を活用することが当たり前になっていく時代に、そのような規制は意味があるのでしょうか。

学校の授業や家での宿題にタブレットが必須になっている、ICT教育先進国のデンマークの事例を参考にデジタルデバイスとの関わり方を紐解きます。

子供がデジタルの世界をのぞいている。その興味の方向を親も共有してほしいと思いますし、それをきっかけに親子の関係が密になればいいと思います。デジタルデバイスを有効的に使う、そうしたことを見つめ直す夏休みもいいのではないでしょうか。