皎天舎

《2022年12月16日放送》

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。


ブラックボックス

著 者  砂川文次
発 行  2022年1月
出版社  講談社

 自転車を駆けて荷物を届けるメッセンジャーのサクマが主人公。十分な自転車整備の知識や技術を持ち、効率的な配車にも自信がある。この仕事にプライドを持ってはいるが、自分の体力だけが頼りの仕事、将来を担保するさまざまな制度からは縁遠く、社会保障や福利厚生もない状況、将来に靄がかかったように見通せない焦りを募らせている。ビルの間を駆け抜ける自転車のスピード感が、その焦りと重なるように描写され、物語が疾走感とともに進みます。

 これまでも職を転々としてきたサクマ。協調性に乏しく、一方的な正義感から口にする言葉は、他者を傷つけることも多く、また、暴力的な衝動を抑えられない癖がある。悪意がないために時として誰かの役にだったり、結果的に感謝されることもあるのですが、衝動的で蓄積のないおこないの数々は、一種のだらしなさを孕み、納税を怠り、無計画に扶養家族の問題をうみだします。

 繰り返す螺旋階段を登るような日々に辟易とし、「遠くへ行きたい」と、日常から逃避したい願望を抱えたまま、ある日、些細なことの連続から勢いに乗った不幸は、大きな事件へと発展して、急展開の局面を迎えます。不器用で独善的な人間と社会との軋轢は、取り返しのつかない転落劇となってサクマの人生を翻弄します。はたしてサクマの人生は好転するのでしょうか。生きることへ光明を見出すことができるのでしょうか。

 後半は、読者が想像もしていなかった場面へと進みます。その中で自己を顧みる長大な時間と向き合うことになります。ここはとてもダイナミックな場面転換です。前半のスピード感のある流れから、非常に緩慢とした深みのある内向きな世界へ移ります。読者の楽しみを半減させてしまいかねないので、ここで話すことは控えましょう。

 「ちゃんとしよう」との思いは募るものの、具体性に欠け、面倒なことを避けてしまう性格。状況によって「ちゃんとしている」と思考を転換してしまうところもあって、読んでいてついイラッとしてしまいます。

 この小説は、自分とは住む世界が違う人々の話、そう一言で片付けられるかもしれません。それでも、こうした境遇に置かれた人々は確かにいて、同じ社会で生活しています。さまざまな関係性を以て私たちに繋がっています。育った家庭環境、非正規雇用の現実、コロナ禍の弊害などから発生する焦燥感は、今なお社会に重くのしかかっています。小さな怠慢の積み重ねが、思いもよらない方向に人生を変えてしまう。それを、我が身に置き換えてみたとき、自分はどんな人生を築けるのだろうと少なからず不安を感じます。

現代人が抱える倦怠感、
この人生から抜け出したいという脱出欲、
変わりたいと願いながらもいつもの自己肯定、
程度の差はあれ、多くの人が持つ感情です。

 そうした、人間が心の奥底に秘める感情を炙り出し、未来への焦燥感という不安の種から、怒りと暴力性を描き、新たな気づきに文学として帰結する。楽しいのとはちょっと違った、でも面白い。風を切るようにさっと読めるのに、読み応えのある純文学作品、芥川賞を受賞した作品です。


 サンタさんのおとしもの

 作   三浦太郎
発 行  2020年11月
出版社  あすなろ書房

 クリスマス・イブの夜、女の子は道で大きな赤い手袋を拾います。これはきっとサンタさんの手袋にちがいがないと思った女の子は、サンタさんを探します。教会の塔に登って街全体を見渡すとサンタさんはちょうど女の子の家の屋根にある煙突に入ろうとしていました。女の子はドキドキしながら大慌てで家に帰ると、暖炉から出てきたサンタさんと鉢合わせ。サンタさんに落とし物を返してあげました。サンタさんは、「これは最高のクリスマスプレゼント」と喜んでくれました。

 すべての子どもたちが、一度は夢見るサンタさんとの遭遇。眠い目を擦りながら夜更かしした思い出は皆さんにもあるのではないでしょうか。暗闇に浮かぶ色とりどりの建物。遠くに見える港、街に舞い落ちる雪など、洗練された絵で描かれた景色はどこか可愛らしい。この季節リビングに飾って置きたくなるような一冊です。

 そして、書肆 朝陽館では旧店舗で恒例だった「とびだす絵本展」を復活して開催しています。仕掛け絵本を集めた楽しいフェアですのでご家族でご来店いただきたいです。