皎天舎

《2022年11月18日放送》

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。

掌に眠る舞台

著 者:小川洋子
出版社:集英社
発 行:2022年9月

代表作の「妊娠カレンダー」や「博士の愛した数式」で知られる、小川洋子の最新刊を紹介します。タイトルは、「掌(てのひら)に眠る舞台」。舞台とあるように、演じること、観ること、観られること、そして、ステージそのものをモチーフにした八つの物語が収められた短編集です。

演目を見ていきますと、たとえば、お針子と少女の友情を描く「指紋のついた羽」では、父親が働く町工場の路地で、油に濡れた地面に少女が工具箱を逆さまに置くと、それは西日によってライトアップされたステージになり、使い古された工具たちが舞う、バレエ「ラ・シルフィード」の幕が開けます。

また、大学受験時の五日間を描いた「ユニコーンを握らせる」は、昔女優だった遠縁の叔母さんのもとで過ごす女子高生の話ですが、叔母の家では、テネシー・ウイリアムズの「ガラスの動物園」に登場する、ローラのセリフがどの食器にも記されていて、カップや皿の底に文字が現れると突如叔母さんは役を演じるように、そのセリフを語り出します。

「ダブルフォルトの予言」は、帝国劇場で上演される「レ・ミゼラブル」全79公演に通う主人公と劇場に住むという失敗係の交流を描きます。ひっそりと役者の失敗を先読みし、その身代わりを演じる失敗係。華やかで感動的な舞台が繰り広げられる裏側にある孤独感が漂う物語です。

ミュージカルの「オペラ座の怪人」にもリンクしながら読み進めていくと、それぞれの物語が醸し出す奇妙な世界観に浸っていくことでしょう。しっとりと流れる静謐な時間の中に、キラキラと輝く美しさや妖艶さが散りばめられています。登場する人物や生物は、どこか奇怪さを合わせ持ち、秘密めいた濃密な空間を生きています。全ての物語は、幻想的で美しく、人が見過ごしてしまうほどのささやかな幸せを、繊細なタッチで丁寧に紡ぎ、上質な演目に仕立てる、著者の筆力に裏打ちされたその発想と展開には感嘆が溢れます。

私だけがみた景色を、舞台という自分の小さな世界に置き換え、慈しみ生きることの尊さ。まさにステージを覗き込むような、手を握りしめて見入るような「おとぎ話」の世界に陶酔し、儚い夢の時間をお楽しみください。私たち読者は、たった一人の観客として、その不思議で素敵な空想世界に魅了されるはずです。

ヒグチユウコによる表紙画や挿画も美しくマッチしていて心が躍ります。この本を手にしたときが八つの劇場を巡る旅の幕開けです。

「まるがいいっ」

 作 :林木林
 絵 :庄野ナホコ
出版社:小さい書房
発行日:2022年9月

「二番目の悪者」「せかいいちのいちご」のコンビが贈る、
とても可愛らしけれど考えさせられる哲学的な絵本を紹介します。

「だれが言いだしたのか わからないけど、 とにかく みんな まるが すき」
可愛いと大流行の「まる」。
あらゆるものの形が「まる」いものになっていき、
「まる」でまる儲けしようとするものも現れて世界は「まる」一辺倒。
「まる」で溢れる世界になった頃、ある日事件が起こります。
転がり出した「まる」はとても危険。
あっという間に、転がり落ちるように人気はなくなってしまいます。

そこにあったのは三角。三角って格好いい。
そうして世界は三角だらけ、しかし、その先にはもうすでに四角が控えています。

多様性を求め、個性が大切にされるはずなのに、
流行に乗ると皆が同じものを求め、消費し尽くし、忘れていく。
本当に大切なものは何か、
自分のあり方や、周囲との関わり方について問い、
終わりのない画一的な考え方に警笛を鳴らす絵本です。

哲学的な要素を含んだこの絵本ですが、
とても可愛らしく、親しみやすい絵で描かれています。
難しさよりも、面白さが前面に出てくる絵本、
ぜひ、お子さんと一緒に開いてほしいと思います。