皎天舎

《2022年6月17日放送》

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。


チェレンコフの眠り

著 者  一條次郎
発 行  2022年2月
出版社  新潮社

今回は妻に変わり、私が代役を務めますので、いつもと雰囲気が違います。せっかくなので普段とは異なるジャンルの本を紹介しようと思います。新潮社から出ている、一條次郎の『チェレンコフの眠り』です。「レプリカたちの夜」で衝撃的ともいえるデビューを飾った一條次郎ですが、彼の小説は混沌とした不条理な現実を描きながらも、ユーモアがあり、不可思議な世界を彷徨っているうちに引きづり込まれるような読書体験ができます。本作も表紙はサーモンピンク、愛嬌のあるアザラシが描かれ、箔押しのキラキラが散りばめられた可愛らしい装丁ですが、内容はとんでもなくハードです。環境問題をテーマにしたディストピア小説ともいえる本書は暗く哀しい世界が描かれ、残虐な言葉や表現が多く使われています。
しかし、そこは奇才・一條次郎の筆、気がつくと飲み込まれたかのように、どんどん物語が進みます。

ヒョウアザラシの「ヒョー」の飼い主、「チェレンコフ」は、マフィアのボス。ある日、誕生パーティに乱入してきた警官隊との激しい銃撃戦と無慈悲な殺戮のすえ、チェレンコフは銃殺されてしまいます。組織も壊滅し、残されたヒョー。主人の庇護を失って空腹を抱えたヒョーは、初めて邸宅の外へと踏み出します。その世界は荒廃し、汚染され、プラスチックの雨が降り注いでいる。地震で波打った道路など、3.11の震災と原発事故で帰宅困難となった地域が連想され、絵空事としてではなく、否応なく物語と現実の世界との繋がりを思い起こさせます。行き着く先々で奇妙な人に出会い、翻弄され、行き先や旅の目的を失ったヒョーは、やがて生まれ故郷であるはずの海を目指します。しかしそこにあるのは、プラスチックで埋め尽くされた海で……。

荒廃した哀しみが充満する世界で、ヒョーの無垢な瞳をとおして語られるからか、数々の皮肉すらもどことなくユーモラス。不条理な物語ゆえに、その眼差しが求める希望を一緒に探そうと試みようとしてしまいます。そして現代の延長線上にあるかもしれないこのシュールな世界が切実に我々の胸に迫ります。残されたアザラシのヒョーはどこへ向かうのか、彼を「人類」に置き換えて思想すると、もう一つの物語が見えてきます。

「人間のいう仕事ってのは、破壊活動の別名だからな」
とは、チェレンコフの言葉。

そして、詩人であり環境活動家でもあった、故・石牟礼道子さんは書いています。
「全ての命の故郷であるはずの海を人が汚している。それは、自ら還る場所を失うことだ。」

目を背けたくなるなるような重い話のように聞こえるかもしれませんが、冒頭で紹介した表紙のデザインのように軽やかに読書は進みます。今までにない、新しい読書体験をするつもりで手に取っていただければと思います。

余談ですが、
「チェレンコフ」と聞けばお気づきになる方もいるかと思いますが、原子力発電所などで核分裂連鎖反応を起こす際に発生する青白い光を、「チェレンコフ光」といいます。そうした説明は本文には書かれていませんが、このほかにも、遺伝子組み換え作物を生みだし、飢餓から多くの人々を救ったと称賛されながら、今日では世界の種子業界を牛耳っていると批判にさらされている種苗会社の「モンサント」が、まずいビールの銘柄として登場したりと、随所で現代社会が抱える問題を風刺しています。そうした言葉の配置を探りながら「気づき」を発見するのも読み方のひとつかもしれません。そして、現代社会を風刺したディストピア小説の傑作とも言える本作ですが、ロシア革命後のスターリン政治を動物に置き換えて皮肉った、「動物農場」や全体主義的近未来を描いた「1984」などジョージ・オーウェルの作品を合わせて読みなおすのもオススメです。


世界の市場

 文   マリヤ・バーハレワ
 絵   アンナ・デスニツカヤ
 訳   岡根谷美里
発 行  2022年5月
出版社  河出書房新社

僕は、あまり多くの国にってはいないけれど、海外に行くときはその街の市場を訪れるようにしています。パリに点在するマーケットやバンコクのチャトゥチャック市場やホーチミンのベンタン市場など、近くに宿をとって買い出しに通ったりもしました。市場はその町の文化が凝縮した形で。なんでも揃っていて、そこで暮らす人々の生活を垣間見ることができます。

どんなものを食べているのか、どんな服を着ているのか、どんなものに憧れているのか、そして、どんな言葉を使っているのか。どの市場も色彩が鮮やかで、活気に溢れ、その街特有の匂いが満ちています。値段交渉をしたり、食材の調理の仕方を聞いたりと、地元の人と話をするきっかけにもなり、多くの場合は皆さん気さくに話してくれてコミニケーションを楽しめます。

市場に行くと、何かが始まる予感がして、初めての体験に期待が湧きますが、この絵本にもそうした興奮がめいっぱい詰まっています。世界中の24の都市にある市場が臨場感のあるイラストで描かれ、その場所や歴史などの情報も紹介されています。中には描かれた食材を使った名物料理のレシピも書いてあったりして、旅を夢想しながらその料理を作ってみたくもなります。また、それぞれの市場の名物店主も多く登場しますので、会ったことのある人に絵本で再会するといったことも。ご家族で一緒に観ながら、世界の市場を広げて団欒を囲んでほしいと思います。

海外旅行が解禁になり、いきたい街が決まったら、まずはその街の市場を目指してください。