皎天舎

《2022年10月21日放送》

SBCラジオ モーニングワイド「ラジオJ」の中で毎月第3金曜日の放送内「Jのコラム」で本の紹介を担当させていただいています。今月の番組内で紹介した2冊の本を改めてピックアップ。

◎書籍情報を記載しますので遠方の方も興味が湧いたら、お近くの書店で探してみてください。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について
もうすぐ絶滅するという紙の書物について

もうすぐ絶滅するという紙の書物について
著 者:ウンベルト・エーコ
    ジャン=クロード・カリエール
 訳 :工藤妙子
出版社:CCCメディアハウス
発 行:2010年12月

小説家でエッセイストのイタリア人、ウンベルト・エーコ。幅広く活躍する彼は、文藝評論家、記号学者、哲学者、そして思想家としても知られ、大変な読書家でもあります。もう一人の著者、ジャン=クロード・カリエールはフランス人。作家で劇作家、脚本も数多く残していて、「ブリキの太鼓」「存在の耐えられない軽さ」などの名作を生み出し、大島渚監督の「マックス、モン・アムール」の脚本を担当したことでも知られます。

この二人による対話をまとめた一冊を今日は紹介しようと思います。そのタイトルは、「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」と刺激的。紙の書物に未来はあるのかを問う本だと思ってページを捲ると、さっそく冒頭で未来は「ある」と答えを出してしまいます。

電子書籍と紙の本を対立軸に話が進むものと思っていたら、紙の本はこれからも残ると断言し、それ以降、電子書籍についてはあまり触れられません。では、450ページも費やして何を語るのかといえば、偏愛とも呼べるほどの本への愛情なのです。本にたいする愛を発露する人のことをビブリオフィルと言いますが、二人とも筋金入り。ウンベルトは5万冊の蔵書があったといわれ蒐集家としても有名ですが、この二人がコレクションした本をネタに文藝・芸術・歴史・民族・宗教と縦横無尽に語り合います。その世界は、まさに図書館か書店を丸ごと巡る冒険のようです。

そもそも、こうした古い貴重な本が、デジタル媒体だったならば手の届くところに残っていたでしょうか。コレクターが手元に置いておき、いつでも手にとって開くことができる。存在していることに満足できる形としての本。そこには手触りと重さや匂い、ページを捲る音など五感に触れる質感があります。もちろん、記された文字を追えば、開かれた知性の大海原が広がっています。

この本を手に取ってみるとすぐに感じるのは「本の美しさ」ではないでしょうか。天地小口は深い青に染められ、重厚な表紙には箔押しでタイトルが載っています。見返しは漆黒でかっこ良く、そのまま飾りたくなるほど。実はカバーにの裏にも印刷されているという凝りようです。2011年の第45回造本装幀コンクールで文部科学大臣賞を受賞しているほどの素晴らしい装幀です。数十冊の蔵書にも匹敵するこの一冊、手元に置いてじっくりと時間をかけて読んで欲しいと思います。

いま、「書肆 朝陽館」では、形としての本の良さを再発見してもらおうと、本のつくりに関した「つかみ本」フェアを開催しています。今日紹介した本も含め、本の作り手が長く手元に置いて欲しいと熱い気持ちを込めて作った本を揃えています。私たちは本屋ですから、紙の本の良さを、所有する喜びを、もっと伝えていきたいと考えています。

※オリジナルのフランス語のタイトル、“N’espérez pas vous débarrasser des livres” は、そのまま訳すと「本から離れようったってそうはいかない(訳者 あとがきより)」なんだそうです。カバーを裏返すとこちらが印刷されています。

※ウンベルト・エーコのファミリーネームは、ex caelis oblatus の頭文字を取ったものと一般に信じられていますが、これはラテン語で「天からの贈り物」を意味するそうです。孤児であった彼の祖父が市の職員から名付けられたようですが、なんと知性に富んだ職員なのでしょうか。知性の先に目をやると優しさに通じています。

PIHOTEK ピヒュッティ 北極を風と歩く
PIHOTEK ピヒュッティ 北極を風と歩く

PIHOTEK ピヒュッティ 北極を風と歩く
 文 :荻田泰永
 絵 :井上奈奈
出版社:講談社
発行日:2022年8月

植村直己冒険賞受賞の極地探検家、荻田泰永と、「くままでのおさらい・特装版」で「世界で最も美しい本コンクール」銀賞を受賞した井上奈奈による美しい絵本が誕生しました。ピヒュッティとは、荻田さんがイヌイットの友人から与えられた名前で、その意味は、スノーウォーカー、「雪の中を歩く男」です。

たった一人でソリを引きながら北極を徒歩で旅する荻田さんの1日が描かれた絵本です。北極の冒険を追体験できる絵本ですが、まず驚くのは、北極の氷が常に動いているということ。北極海を覆う氷の上を歩くのですが、当然その下は海、海流や風によって足元が割れたり流されたりするのだそうです。

ほほを叩く冷たい風を浴びながらその中に入っていく著者。北極圏には、先住民であるイヌイットの暮らしがあり、シロクマやジャコウ牛、ライチョウ、ホッキョクウサギなどの動物が生息しています。ホッキョクオオカミがカリブー狙い、シロクマがアザラシを狩る。厳しい寒さに耐える動物たちは、北極での生き方を知っています。氷の谷をぬけ、凍てつく海を渡る。過酷な自然を冒険していく中で意識される「死」。くらやみが降りると、闇に落ちた命のしずくが昇華され、すべては風に溶けて飛んでいきます。そして、また夜が明けて歩き出す。

本書の後書きにはこう書かれています。

北極を冒険することは、生きることだ。そして死を感じることだ。その死とは、誰かの命であり、いつの日か自分の体も分解されて、空に舞い、風に吹かれて誰かの命にたどり着く。

北極に吹く風の中には、きっと誰かの命が舞っている。

井上さんの独創的な絵もさることながら、装幀にもこだわりが感じられます。表紙では透明ニスで風を表現し、通常とは異なり、PANTONE社の特色4色のみを使い鮮やかに表現された印刷。全ての光が乱反射する白銀の世界で、生きものの鼓動、変化しつづける闇、そして身に付けたものまでもが、そこに宿らせた命の灯火のように色彩を放ちます。

こちらの絵本についても、「書肆 朝陽館」ではフェアを開催中です。荻田さんが極地冒険で実際に使用したソリやウエア、井上さんのこれまでの作品などを一堂に集め展示しています。冒険関連本も揃えていますので、ご家族でお越しいただき楽しんでいただきたいと思います。